街を歩けば、必ず目に入る「看板」
しかしその歴史をたどると、実は人類の商業活動そのものの歴史と深く結びついています。
本記事では、看板の起源から発展、そして現代のLEDサインまでを、わかりやすく解説します。
看板のはじまりは古代文明

看板の起源は、古代エジプトやローマ時代にさかのぼります。
当時は識字率が低く、文字ではなく絵やシンボルで商売の内容を伝えていました。
- パン屋 → パンの絵
- 靴屋 → 靴の彫刻
- 宿屋 → 葡萄酒の壺のマーク
ポンペイ遺跡からは、壁に描かれた広告や店舗表示が発見されており、
すでに「人を呼び込むための視覚サイン」が存在していました。
中世ヨーロッパで発展した吊り看板文化
中世ヨーロッパでは都市が発展し、商業活動が活発になります。
- 鍛冶屋 → ハンマー型の吊り看板
- 宿屋 → 動物や紋章の彫刻
- 理髪店 → 赤白ポール(現在のサインポールの原型)
ロンドンでは看板が道路上に突き出しすぎて危険となり、18世紀に規制が始まった記録も残っています。
看板はこの時代から、都市景観と安全性に影響を与える存在でした。
日本の看板文化は江戸時代に成熟

日本では江戸時代に看板文化が大きく発展したとされています。
江戸は人口100万人を超える巨大都市となり、商業競争が激化。看板も多様化します。
- 板看板 →力強い筆文字で屋号を表現した看板です。現在の社名看板の原型とされています。
- のれん → "営業中"を示す日本独自のサイン。ブランドを象徴する役割を持ち、現在も日本の文化の一つです。
- 立体看板 → 薬屋が巨大な薬箱を掲げるなど、視認性重視の立体表現が登場。
明治時代、看板は「デザイン」へ進化

- ペンキ文字の普及
- ガラス看板の登場
- ホーロー看板の量産
- ローマ字表記の増加
看板は単なる表示物ではなく、ブランドを表現する「デザイン媒体」へと変化しました。
昭和のネオン時代 ― 光る看板の登場

戦後の高度経済成長期、看板は光の時代に突入したといわれています。
- ネオン看板の急増
- 屋上広告塔の大型化
- 繁華街=光の競争
銀座や道頓堀のネオンは、都市そのものを象徴する存在になりました。
看板はついに都市景観そのものをつくる装置へと進化したのです。
現代の看板 ― LED・チャンネル文字の時代
現在の主流は、
- LED内照式チャンネル文字
- 箱文字サイン
- インクジェット出力
- デジタルサイネージ
視認性・省エネ・耐久性・ブランド表現。 すべてを両立する時代に入りました。
しかし本質は変わっていません。
「ここに何があるかを、一瞬で伝える」
それが看板の使命です。
まとめ:看板は時代を映す鏡
看板は単なる表示物ではなく、時代ごとの“伝える技術の結晶”です。
そして今も進化は続いています。
※本記事は、サイン製作・施工に携わる実務視点と、公開文献資料をもとに編集しています。
参考文献
- Laurence, Ray. Roman Pompeii: Space and Society. Routledge, 1994.
- Beard, Mary. Pompeii: The Life of a Roman Town. Profile Books, 2008.
- Heal, Ambrose. The Signboards of Old London Shops. B.T. Batsford, 1947.
- 宮本又郎『江戸の商人と流通』講談社学術文庫
- 小泉和子『江戸の町並み景観』岩波書店
- 田島奈都子『近代日本の広告』青土社
- 橋爪紳也『にっぽん電飾看板史』青幻舎